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2016.8.13

  盆なので父方の実家へ墓参りに行った。祖母が亡くなったのが一昨年。叔母さんがしっかりやろうとのことで、坊さんを呼んでいたらしい。その住職さんは仏教を唱え上げたあと、何か一つ小話をするのが慣わしだそうです。内容も面白い。

 

  この間はシルクロードの話だった。曰く、絹の道として知られたシルクロードの別称にボーンロードというものがある。貿易の為、砂漠を往く者が道半ばに倒れ、骸と化したその集積が、しるべとなり道となった。だから骨の道。「死者は我々生者の行く末を照らす、しるべですよ」、と繋げていた。

 

  今回はカゴメの歌の話でした。カゴメの歌の解釈には様々な説があるが、住職さんが支持していたのは、宗教的な説(籠目は六道を表していて、籠の中の鳥は先祖たち;輪廻転生についての歌)だった。歌詞の中に「鶴と亀」が出てくる。

ここからはまた別の話になるが、仏教の説話の中で、鶴と亀がつがいとなる話があるらしい。しかし、「鶴は千年、亀は万年」という言葉にあるように、寿命が大幅に違う。鶴は亀の上にのり、千年付き添うが息絶える。また新たな鶴が亀と番いになる。そして鶴が息絶える。見送るばかりの亀は鶴になりたいと願い、仏様がその願いを叶えた。かくして亀は鶴となり、鶴は亀に付き添うが、今度は鶴となった自分が先に息絶える。そうして今際の際、鶴は、「亀だった時に死んでいった鶴は、実は自分だった」と気付く、とこれも輪廻転生のお話。

籠目の歌の歌詞はなんだかあべこべだ。「夜明けの晩」「後ろの正面」、そして鶴と亀が「すべった」。生者が死者に、死者が生者に、そういう歌らしい。

 

どちらも真偽は定かでないけど、記憶に残しておく。